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青森地方裁判所弘前支部 昭和35年(ワ)91号 判決

原告 阿部治幸

被告 弘南バス株式会社

主文

原告と被告との間に被告を傭主とする雇傭契約が存在することを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二請求原因

原告訴訟代理人は、次のとおり述べた。

(一)  被告弘南バス株式会社(以下会社という。)は、一般乗合旅客自動車運送事業等を営むことを目的とするもの、原告は昭和三十年四月二十六日会社に雇傭されて以来車掌の職にあり、かつ同会社従業員をもつて組織される日本私鉄総連合会弘南バス労働組合(以下組合という。)の組合員で、同三十四年六月同組合執行委員に選任され、次いで間もなく同組合教宣(教育宣伝)部長の地位についた者であるが、同三十五年三月二十三日会社から次の理由により、懲戒解雇する旨の意思表示を受けた。すなわち原告が当地方最大の地方紙である日刊東奥日報の同月十五日付夕刊の「明鏡欄」に投稿して発表した「組合から答える弘南バスのスト」と題する文中

(1)  乗務員は女子が十三時間男子が十六時間働くことは普通となつています。

(2)  しかし会社は会社内部のポスト争い勢力争いから組合の話し合いに応じてくれないのです。会社は二派にわかれ、組合を分裂させ、他の一派の重役を締め出そうとしています。組合は醜い内部争いをやめて団交してくれと話していますが、まだ交渉はもたれておりません。過去数年間会社重役の内部紛争から争議が発生しているのです。

(3)  会社は組合で要求している根拠を正しいと認めています。しかし会社は日経連の指令によつて組合を断固つぶすといつています。なかには一銭もあがらない者も生じます。

などの個所は事実に著しく相違し、社会的にも会社の信用名誉を著しく失墜毀損するもので、右は会社の就業規則第十二条第五号第二百八条第四十七号に該当するから、同規則第百九十五条第二項により原告を懲戒解雇するというにある。

(二)  解雇無効の理由

しかしながら、右解雇処分は以下の理由により無効である。

一  (労働協約違反)

原告が、加盟している前記組合と会社との間には、昭和三十三年三月十八日労働協約が締結され、同協約第二十八条は「会社は組合員の人事異動については、事前に組合に内示し、組合の意見を尊重して行う」と規定し、第二十九条は「会社は組合員の昇格賞罰に関しては、組合と協議の上決める。但し懲戒解雇の決定については、協議が整わない場合は、労働委員会の斡旋もしくは調停に付することができる」と定め、第三十三条は「会社は左に該当する組合員は解雇する」として、その第一号には「懲戒解雇と決定した者」を掲げている。他方会社制定の就業規則第百九十五条第二項は「賞罰に該当する事項が余りにも明白であり且つ緊急を要する場合は前条の賞罰委員会の答申を経ないで実施する事がある」と規定している。

かように労働協約と就業規則とが懲戒処分の手続について異なる規定を設けている場合、その両者の関係については、前者が後者に優先するから、協約に定めた手続によらないでは解雇されることがないということを保障されていると解すべきである。したがつて右協約条項によれば、懲戒解雇を含む懲戒処分については、会社は事前に組合に内示し、組合と慎重な協議を重ねた上決めなければならず、とくに懲戒解雇の場合には、ことの重大性にかんがみ協約第二十九条但書によつて労働委員会の斡旋もしくは調停に付せられなければならないものである。しかるに本件解雇処分は組合が会社に対し労働委員会に場所を設けて話し合うことを求めたのにこれを無視し、協約第二十八条および第二十九条所定の各手続を経ることなく、単に就業規則第百九十五条第二項を適用したのみでなしたものであるから、会社が原告に対してした右解雇の意思表示は無効というべきである。

二  (懲戒の事由)

会社が原告に対する解雇理由として主張する事実中、先ず原告が昭和三十五年三月十五日付前掲新聞の「明鏡欄」に「弘南バス労組教宣部長阿部治幸」名義で「組合から答える弘南バスのスト」と題して投稿して、これがその主張のように掲載されたことは事実である。しかしながら原告の所為は規則第十二条第五号第二百八条第四十七号所定のような会社の信用体面を毀損すべき行為ではなく、また右掲載内容は、投稿後同新聞社において字数制限の都合上、多少の整理を加えられたものであるが、殆ど投稿どおりの文章であり、その内容はいずれも真実である。

右の点について附陳するに、組合は同年一月以降賃金値上げ労働協約の改訂等を会社に申し入れて交渉を求めてきた。その間同年三月十二日付前顕明鏡欄に「弘南バスのストに訴える」と題して一公務員名義の投稿が掲載せられたが、その内容は組合の立場を曲解し組合の活動を誹謗する趣旨のものであつた。

そこで組合としては自己の主張と立場を明確にし、当面している労使関係につき、右投書による誤解を進んで解くべき必要に迫られ、折柄教宣部長の地位にあつた原告は反論として前記趣旨の投書を起稿し、組合書記長木村哲蔵の査閲承認をえて投稿し、新聞社において若干整理の上、掲載発表されたのである。

会社は右文中の前掲(1)ないし(3)の三点をとりあげて、これが事実に甚だ相違し、社会的経済的に会社の名誉信用を著しく失墜毀損するものと独断している。しかし先ず右投書の内容は一読して明瞭であるように、読者たる一般大衆に対し、当面している弘南バス争議の焦点と背景を紹介し、公正な認識をえさせるため、一公務員の投書に対し組合の主張と立場を述べたものに過ぎない。しかも争議という異常な事態のもとにおいて、右目的を達するのには、最低限度必要な手段であつたのである。

しかして先ず右(1)の点については、組合は従来から労働時間を労働基準法による八時間実施の主張をし、これは出勤時から退社時までという基準で考えてきた。この点会社の主張は独善かつ一方的に失するというべきである。次にダイヤ表を時間外協定のとおりに作成したというだけでは、そのダイヤ表どおりの労働時間が実施されているとはいえないし、ことに職場では現に会社職制による事実上の業務命令が行われ、また人的場所的時間的条件から、やむなく時間外協定以上の勤務時間を現に強いられている実情である。

次に(2)の会社内部の紛争対立については、新聞紙上に発表される前の同年三月五日には日刊弘前新聞に「弘南バスの争議を探る労資の対立よりも会社内の派閥争い」と題して会社の内情が詳細に分析され、投書後の同年四月十一日付陸奥新報紙上には「弘南バスの争議を探る」と題して同紙の担当記者による座談会の記事が掲載せられ、「重役間でも激しい対立」が論じられて、会社内の派閥争いは、当時既に弘前地方では公知の事実に属していたのである。会社が組合を分裂させようとしているとの点は、会社が組合に対する最終回答をした同年三月三日以降、会社はその職制を通じて積極的に一般組合員宅を訪問し、飲酒饗応甘言等の手段を用いて組合の分裂を策し、その結果同月十九日遂に弘南バス全労働組合(いわゆる第二組合)の結成を見るに至つた。

団交および従来の争議の発生原因についてみれば、会社は組合とあらかじめ団交の日時場所を取りきめておきながら、団交の直前になつて会社経営陣の紛争とその間の意見の調整ができなかつたことから延期すること再三におよび、会社は右最終回答後本件投書が行われるまで、組合と一度の団交もしていない。しかも前述のとおり、会社は組合分裂策を強行してきたが、組合執行部の情報収集によれば、組合切り崩し工作を受けた組合員から「会社職制が今次の争議で組合を断固つぶす。日経連のバツクもあるし指令もある」との言辞を受けた旨の相当数の報告があり、現に同年三月頃組合三役が会社側から「この人が、日経連の労務対策部の方です」と堂々と紹介されたこともあつたのである。

最後に(3)の点については、前記会社側の最終回答が示された際、組合内部でもこれについて討論をしたが、その時組合員千葉美佐男が同人自身の問題として、健康保険の半額、勤続給年令給および定期昇給分を合計すると、金一、四七〇円となり会社の前記最終回答に示された金一、四三〇円ではかえつてマイナスになると述べてこれが判明した点からも、右回答が全く不合理であつたことは明らかである。

ところで会社の就業規則第百九十九条には譴責、減給、出勤停止、降格降位および懲戒解雇の五種が定められ、従業員が会社の信用体面を著しく失うような行為を行つた場合について、第二百九条第二号に懲戒解雇に処すると規定し、同号但書は情状により軽減することがあると規定している点からみれば、懲戒解雇は同条列記の事由に当るもので、情状の悪質重大なものに限つていることが明白であり、その判断は当然慎重でなければならない。

しかるに会社が原告に対する解雇事由として挙げた事実は存在せずあるいはこれに該当しても全く軽微であり、しかも前記事情のように情状の酌量されるべきもので、懲戒解雇事由には該当しない。したがつて右解雇の意思表示は、就業規則の解釈ないし適用を誤まつたもので無効というべきである。

三  (不当労働行為)

1 不利益取扱

組合は前叙のように、昭和三十五年一月以降賃金値上げ等を会社に求めて団体交渉を申し入れ、両者の主張が相違し遂にはその対立が激化するにつれて組合の教宣活動はとくに枢要な地位と機能を占めるに至り、組合は内に向つては団結の強化を、外に対しては組合の実情を訴えて、世人の認識と理解を求めうるよう努力してきた。こうした労使間における対立状態の最中に組合の執行委員兼教宣部長として組合の主張や立場を明確に表明すべき地位にあつた原告は、組合機関紙、ビラの発行貼布等いわゆる組合の教宣活動に従事して活発にその任務を遂行していた。そこで会社が原告のかような活動を嫌悪し、これを該企業から排除すべく、強い敵意を持つようになつてきたことは明らかであろう。折からたまたま一公務員名義の前記投書が、発表されたため、原告はその職責上全組合員に代つて防禦的に反論を同様に発表して回答すべきことを余儀なくされ、その結果会社に対してではなく、右公務員の投書に対して受身の立場で、事前に組合書記長の査閲と承認をえたうえ、発表した組合の主張と立場を述べたものに過ぎず、しかも原告の行為はその個人的認識や主張ではなく、「組合から答える」との表題並びに付記した教宣部長の肩書からも明白なように組合役員としての地位においてその主張を述べた組合活動に属するものであることは明らかである。会社は原告の本件投書を名誉毀損行為と独断し、かつ組合執行委員長佐藤慶一、同書記長木村哲蔵他二名に対する昭和三十五年六月十五日付解雇(以上四名については、組合はこれを不当労働行為として青森地方労働委員会に対し救済申立をし、現在同委員会で係争中)理由中に右投書行為を解雇理由の一に加えてその責任を追及しながら、組合執行委員兼教宣部長として活溌に組合活動を展開している原告を企業から排除すべく、前記不実または軽微な名誉信用の毀損行為に名を藉り、その実は組合活動を理由として差別待遇たる不利益な取扱いをし、懲戒解雇の処置に出たものである。したがつて右解雇の意思表示は労働組合法第七条第一号に違反する不当労働行為として無効というべきである。

2 組合運営に対する支配介入

仮りにそうでないとしても、会社のした本件解雇の意思表示は、組合の運営に対する支配介入であるから、同法条第三号違反の不当労働行為として無効というべきである。

四  (権利の濫用)

仮りに原告の行為が就業規則に違反し懲戒に値するとしても、右は懲戒について数個の段階態様を規定し、情状酌量の余地をとどめた同規則の趣旨に照らし、今一挙に最も重い解雇に処すほど悪質重大なものとはいえない。すなわち叙上のとおり前顕公務員の投書を契機として争議中偶発的に生起したものであり、しかもかかる程度の意見主張の表明は、市民社会における言論の自由の行使に過ぎないものというべきである。さればその間の事情を看過して即時かつ一方的に原告を解雇したことは、権利の濫用として許されないものというべく、したがつて右解雇の意思表示は無効である。

しかるに被告は原告との間の雇傭関係の存在を否認するので以上の理由によりその確認を求める。

第三答弁

被告訴訟代理人は次のとおり述べた。

一  原告主張の請求原因第一項中、単に「就業規則第百九十五条第二項を適用して懲戒解雇した」との点を否認し、その余の事実は認める。

同第二項の一中原告主張のとおりの労働協約を締結したこと並びに就業規則の点は認めるが、その余の事実は否認する。

同二中原告主張のとおり組合が賃金値上げ等を会社に申し入れて団交を求めていること並びに二個の投書の点は認めるがその余の事実は否認する。

同三、四の事実中会社が組合執行委員長佐藤慶一他三名に対する解雇とその理由並びにこれが原告主張のとおり係争中であることは認めるが爾余の点はすべて否認する。

二  原告には以下のような就業規則に違反する行為があつたので、労働協約第二十九条所定の手続を経て懲戒解雇したものであるから、全く正当であり、不当労働行為あるいは権利の濫用と見られるべき筋合はない。

一 (労働協約違反の主張について)

原告は会社が前記就業規則上の手続のみによつて解雇したものであるから右は前顕労働協約に違反し無効である旨主張するが、かかる主張は就業規則と労働協約の運用に関する労使間の慣行を無視した全くの誤解によるものである。すなわち、会社には従業員に対する懲戒処分の手続として就業規則第百九十四条ないし第百九十六条に賞罰委員会の諮問手続が定められており、労働協約第二十九条には組合との協議手続を規定しているが、このように異なる定めがされているのは、規則制定後に協約が締結されたという沿革的理由によるもので、右協議手続が組合員たる従業員について、規則による諮問手続を排除する趣旨ではない。この点は協約締結後も賞罰委員会が存置運営され、またこの両手続が、段階的に併存されるものとして従来運営されてきたことによつても明瞭である。そこで会社が組合員たる従業員を懲戒処分に付するときは、先ず規則上の手続を経たのち、協約上の手続を経ることとしてきた。したがつて会社は本件解雇についても右両手続の運用に関する慣行に依拠して先ず規則上の手続を履践すべきところ、組合が争議に突入して以来、職場秩序を紊乱する組合員の違法不当な所為が続出する事情にかんがみ、正常な秩序規制を速かに確保するため、同規則第百九十五条第二項により昭和三十五年三月十七日以降賞罰委員会の答申を省略することに決定していた。原告に対する本件解雇は、右決定後のことであり、かつ事犯明白で緊急を要した場合であつたので規則上の諮問手続を省略し、直ちに懲戒処分に付すべき旨の意思を内定したうえ、組合に対して協約第二十九条に基く協議の申し入れをしたものである。しかしこの場合でも原告は規則第百九十六条により会社に対して異議の申立をすることができ、事後的ではあるが同委員会の諮問手続を求められるものである。このため会社は右申立の機会を与える意味で同月十九日付で「懲戒処分の決定通知」をしたが、原告は遂にその申立をしなかつた。なおふえんするに同人に対する正式の解雇通知については、同月二十五日付の辞令をもつて告知している。

次に労働協約第二十九条の規定は、会社に専属する人事権の行使が独断専行に陥る弊を避けるため、手続的に組合の意見を徴すべきものとした趣旨と解せられ、とくに懲戒処分における条件または基準を定めたものと解すべきものではないから、同条項の手続を経ないでされた懲戒処分も、これを目して無効とすべきいわれはない。会社が組合員たる従業員につき、懲戒処分をするにあたつて組合の意見を徴するため同条項に基いてする協議の方法については、従来慣行として書面協議すなわち会社は書面によつて組合の意見を徴し、これに対して組合も同様書面によつて、その意見を提出するという方法でその間の協議が行われてきた。右書面協議は賞罰委員会の答申が全員一致の答申であると否とを問わず、従来から慣行とされていたものである。

更に原告は懲戒処分ことに懲戒解雇については、協約第二十八条により事前にこれを組合に内示し、右内示について組合が反対の意向を示す場合は、両者の団体交渉を開いて協議を重ねるのが慣行である旨主張するが、いずれも失当である。すなわち同条は人事異動について会社が組合の意見を徴するため単に事前に内示すべきことを定めたに過ぎないもので、懲戒処分の場合には適用されない規定である。また同第二十九条は懲戒処分について組合の意見を徴するための協議手続を要求しているのみである。しかして、原告は会社が行わんとする懲戒処分について組合が反対する場合、団体交渉で協議を重ねてきたと主張するが、かかる事実は全然なく、ただ事実上団体交渉に持ち込まれたことはしばしばあつたが、固よりこれは組合の団交申し入れによるものでなく、またその協議も同第二十九条の協議方法として行なわれたものでもない。本件において会社は書面で協議を申し入れ、その回答をえたうえで解雇したものである。すなわち会社は従来の慣行にしたがつて昭和三十五年三月十九日書面協議の申し入れを行い、これに対して組合より翌二十日「今後再度協議する考えはない」旨書面による回答をえたが、右回答において「労働協約第二十九条の処置をとられたい」とあるのは、かかる場合その必要性を認めた労使いずれか一方の権利として、労働委員会の斡旋等に付することができる旨規定した同条但書を指すこと明らかであり、組合みずからはこの手続を全然とろうとしなかつたものである。そして会社としては毫も同条但書による必要を認めなかつたのでその手続をふまなかつた。しかして組合がみずからその権利を抛棄したものとして、これに対する懲戒解雇処分を決定したのである。したがつて原告主張のような協約違反の事実は全く存在しない。

二 (解雇理由について)

解雇理由は原告主張の請求原因第一項の(1)ないし(3)のとおりであるが、以下この点について具体的にふえんする。

今次争議について組合は、当初の昭和三十五年一月八日労働時間の一時間短縮をはじめ、十数項目にわたる要求書を会社に提出し、次いで同月十三日、同年四月分以降一人あたり金一、四三〇円の賃金値上げおよび現行賃金体系の改訂を求めて、同年一月二十日から団体交渉に入り、同年三月三日まで団交を重ねたが、同日提示された会社の誠意と努力により譲歩しうる最大限度を示した最終回答を殆ど検討することなくしてこれを拒否し、みずからは不当なその要求を全然反省譲歩しないまま、同月七日以降争議行為に入つた。

(1)  解雇理由(1)のとおりである。

組合の労働時間短縮の要求は、現行労働協約第三十六条による拘束九時間を同八時間に、すなわち実働八時間を同七時間にしようとするものである。

しかして乗務員の働く時間が女十三時間、男十六時間となつているというのは、単にその用語の問題にとどまらず、会社が労働基準法に基き女子につき二時間、男子につき四時間と定められた組合との時間外協定に違反して働かせているとするもので、会社の名誉信用にとつて由々しい問題である。

会社の最近の調査によれば、組合員は雪国地方の同種労働者に比較すると、最も楽な労働条件のもとで労働しているということが判明している。会社は同法の立前とする実働時間による八時間を基準とし、右時間外協定に基く延長労働時間の範囲内で労働させているに過ぎないのである。すなわち、定期バスのダイヤ(運行表)は組合支部ダイヤ審議委員会にはかり、組合の承認をえて実施されてきており、観光バス、ブルトーザー乗務については、同様組合の諒承のもとに運営されていて、従来いずれもなんら問題のなかつたものである。なお増務表は賃金計算の便宜上、深夜勤務の場合の時間を五割加算して計上されているので、実際の拘束時間を示すものではなく、また郡部宿泊およびブルトーザー乗務は例外的な長時間勤務の関係上、一般乗務に比して拘束時間は長くなるが、全体に対して占める割合は極めて低く、法的にも殆ど問題のないものである。

以上の叙述で明らかなように、組合に対する一般の支持同情を集め争議を組合の有利に導こうとして、伝播力の甚大な新聞を利用し、故意に事実を歪曲し、虚構の事実を捏造発表して、会社に対する一般の批難攻撃を助長し、かつ極度に会社を中傷誹謗して、その社会的経済的名誉信用を著しく失墜毀損させた原告の行為は、就業規則第十二条第五号第二百八条第四十七号所定の会社の信用体面を著しく失うような行為を行つたときにあたるものである。

(2)  解雇理由(2)のとおりである。

すなわち、全く事実無根であつて故意に事実を捏造暴露したものというほかはない。今次争議の原因は、すべて組合の不当な要求によるものであり、会社はこれに対し、全重役が固く結束して、その不当な闘争に堪え抜いてきたのである。固より会社内には、派閥争いその他の内部紛争は全く存在せず、これが公知の事実に属するなどということは到底ありえないところである。しかして本件投書は会社従業員であつた原告が、故意に右争議の発生原因を会社に転嫁して一般に宣伝し、会社経営陣内部の離間をはかつて不当にその誤解による支持をえて、争議を組合の有利に導くべく会社ないしその幹部を中傷誹謗したことは明らかであつて、会社としては全く放置し難いところであり、前記就業規則に該当すること明白である。

(3)  解雇理由(3)のとおりである。

会社の最終回答は、組合員の一人当り平均金一、四三〇円の値上げ要求に対し、従来会社が代つて負担していた、一人当り金四八〇円の健康保険料を組合員の負担に戻して右要求額を容認したものであるから、結局金九五〇円の値上げを認めたわけである。しかるに原告が実質上金八〇〇円しか値上げにならないと主張しているのは、右金九五〇円中に勤続給年令給定期昇給等の自動昇給分金一五〇円を含んでいるという労使間の従来の慣行に反する不当な偏見によるもので、自動昇給分を別にして考えるような見解は、回答による賃上げ額を少く見せかけようとする不法なもので、定期昇給制を殆ど採用していない私鉄産業一般の現状に照らしても明らかに不当である。他方原告は会社の回答を始めから正しく理解しようとする気持もなく、その投書中に自動昇給分を金四〇〇円と見積つているが、かくては組合の賃金値上げの要求額は同年の中央労働委員会による大手筋の妥結額をうわ廻ることとなつて到底一般人の首肯しえないものとなり、かかる主張は右回答を拒否するための口実として勝手に作りあげた宣伝であるというほかはない。また一銭もあがらぬ者もいるというが、この点については会社回答をそのまま実施して、すべて金九五〇円以上の値上げとなつている仲裁裁定の結果をみても、原告の投書が虚偽中傷以外に出たものでないことは明白である。

右のように偏見をもつて虚構の事実を捏造流布して会社を批難した所為は、前記就業規則にあたること明らかである。以上の事実により、会社はこれを放置黙過しえずとして、やむをえず原告に対する懲戒解雇の処置を選択敢行したもので、就業規則の適用上もなんら違法不当の廉はない。

三  (不当労働行為)

前記のように原告は組合執行委員兼教宣部長の要職にありながら、その地位を悪用して故意に事実を歪曲し虚構の事実を捏造してこれを新聞に掲載発表することによつて会社を批難攻撃し、争議の責任を会社に転嫁してみずからの不当性をことさらに回避し、社会一般の争議に対する認識を誤まらせ不当な世論を喚起し、争議を組合の有利に導き、もつて一方的に満足しうる結果を実現せんとしたもので、雇傭関係に基く継続的信頼関係を裏切る行為であり、従業員たる適格を有しない者として、企業より排除するの余儀なからしめたものである。かかる者を解雇することは、法の当然に是認するところであり、その理由によつて懲戒解雇したものであるから、これが不当労働行為とみられるべき筋合は全く存在しないものである。

四  (解雇権の濫用)

会社は前述のとおり正当の理由により余儀なく原告を解雇したものであるから、かかる解雇権の行使が権利の濫用といわれるべき理由はない。

第四証拠関係〈省略〉

理由

(争いのない基礎事実)

会社が、原告主張の請求原因(一)記載のとおりの理由で、昭和三十五年三月二十五日原告に対し懲戒解雇する旨の意思表示をしたこと(ただし、その日時の点は後記認定による。)は当事者間に争いがない。

(協約違反の主張について)

原告は右協約によれば、懲戒解雇を含む懲戒処分については、会社は事前に組合に内示し、組合と協議した上決めることを要し、とくに解雇については協議不整の場合は、労働委員会の斡旋もしくは調停に付されなければならないのに、会社のした本件解雇手続はその履行がなく右協約条項に違反しているものであると主張する。

しかして会社と原告を含む会社従業員をもつて組織する組合との間には、昭和三十三年三月十八日労働協約が締結され、原告主張の協約条項には、その主張のとおりの規定が存することは当事者間に争いがないところである。

以下順次考察していくこととする。

(1)  本件解雇協議条項の性質について

原告は会社従業員たる組合員に対する解雇を含む懲戒処分については、労働協約第二十八条第二十九条(以下両条を一括して解雇協議条項という)により、会社は組合と協議の上これを決定することを要し、特に懲戒解雇について協議不整の場合は更に労働委員会の斡旋又は調停に付されなければ解雇しえない旨主張し、会社は同第二十八条は懲戒解雇には適用なく、右協議条項を目して単に解雇する際の手続的制約を定めた債務的効力を有するものに過ぎないと抗争する。

先ず協約第二十八条第二十九条および第三十三条の規定が、原告主張のとおりの文言であることは当事者間に争いのないところ、組合員の地位を強固ならしめようとして締結された協約の趣旨に徴して、別段の事情が認められない限り、組合員にとつて最も重大切実な事項というべき組合員たる身分の喪失を招来する解雇が同第二十八条にいう人事異動に含まれ、同条は懲戒解雇についても適用されると解するのを正当とする。したがつて会社が組合員を懲戒解雇するにあたつては、その理由と根拠を内示し、組合との協議を経て、決定することを要するというべきである。そこでいわゆる解雇協議条項の法的性質について考察するに、協約第三十三条第一号は単に「懲戒解雇と決定した者」を掲記し、同第二十八条第二十九条は組合員の人事異動についてなすべき協議の方法を規定するにとどまつて、懲戒の基準に関しては、特別の定めがなく就業規則の条項を前提としていると考えられること、懲戒解雇について会社と組合との協議が不整の場合、これを労働委員会の斡旋又は調停に付しうる定めを有するに止り、その方法の性質上必ずしも協議が成立するとは限らないのに、かかる際の決定的解決手段が保障されていないことが窺われる。また今日の資本主義経済機構のもとにおける労働者の地位は、一般的に企業の存続を前提としてこれに依存することによりはじめて是認せられるものであり、いかにその地位を尊重し保障しようとしても、特段の事由の存しない限り、企業組織の維持運営上、企業に固有不可欠ないし経営秩序を保持するうえにおいて最少限度企業に保留されることが必要とされる事項については、その責任者の企業に保留されても、やむをえない力関係のもとにあると認めざるをえない。これらのことを考えあわせるときは、労働者の地位向上を目的として設立された労働組合は、企業の根源的機能を害しない範囲内において、労働協約に基いて獲得した限度にしたがい、協約によつて客観的に制定化された方法と態様にしたがつて経営に参画するに過ぎないものと解すべきである。

そこで以上の点と労働者の地位の強化を期するため締結された労働協約所定の本解雇協議条項に基く協議手続について考えるに、それは会社および組合の双方が信義則に基いて意見を交換しつつ、慎重に協議すべき趣旨であつて、このような労働契約関係の解消という労働者の待遇について、最も重要かつ切実な事項に関連した、いわゆる規範的効力を認めるべき解雇協議条項所定の協約手続を経ないでされた解雇処分は、強行的規定たる手続に違反したことにより無効とする意味で規定されたものと解するのを相当とする。

しかしてかように慎重に協議を重ねてもなお妥結に至らなかつた場合もしくは組合がこれについて信義則違反の態度を示した場合に、はじめて会社は一方的に解雇権を発動しうるものと解すべきであり、前記労働委員会の斡旋等に付することができるとは、その必要性の存在を認めた労使いずれかの一方が、自己の権限としてこれを行使し、自動的に同委員会の関与する調停等の場に移行して更に妥結への努力と協議をつくすべきことを定めたものに過ぎないものと考えられるが、自主的解決方法たる性質上、右協議手続と異なる評価を受けるべきいわれはないと解する。

(2)  解雇手続の経過について

成立に争いのない甲第一号証から同第三号証、同第八号証並びに同第九号証、乙第二十八号証、同第二十九号証の一、二、同第三十号証、同第三十四号証、同第三十五号証と証人木村哲蔵、同佐藤春雄の各証言(同証人の証言については第一回)をあわせ考えれば、会社は組合と労働協約を締結するに先立つて、既に就業規則を制定施行していたが、従業員たる組合員の賞罰に関する労働協約第二十九条の運用については、従来会社賞罰委員会の諮問と答申を経たうえ、被処分対象者に処分内容を予告し、これに対する異議申立の機会を与える趣旨において、処分すべき日時を付記した処分案を交付して通知するとともに、またはこれに遅れて組合に対し右処分案の写を添えた書面を送付することによつて右処分に関する意見を求めるための協議申し入れをし、組合もこれに対して書面により意見を提出するのを慣例としてきた。そこで会社は本件の原告についても、前記請求原因(一)記載の投書をもつて事案明白であり同人を懲戒解雇処分に付するのを適切として、先ず原告に対し右投書についての顛末書の提出を求めたが拒否されたため態度を硬化し経営秩序を保持せんとする要請に駆られた結果、就業規則第百九十六条第二項を適用して賞罰委員会による諮問手続を省略したうえ、昭和三十五年三月十九日原告に対して会社の処分案たる「懲戒処分の決定通知書」を交付するとともに、組合に対しては慣例にしたがい懲戒解雇処分に付すべき理由として請求原因(一)記載のとおりの事実と就業規則上の根拠を表示した右通告書の写を添付して翌二十日正午までに貴意をえたい旨申し入れて協議を求めたところ、組合は同日「投書の内容が甚しく事実に相違している点があるため」とあるが、事実に反していない、よつて今後再度協議する考えはないので、労働協約第二十九条の処置をとられたい旨の回答書をもつて意見を提出した。そこで会社は具体的な理由も付記されていない組合の回答に照らして、組合は本件については既に協議する意思をもたず、更に協議を重ねるべき余地も残さない態度を表明したものと考え、折柄争議中の際でもあり経営秩序が、混乱していた事情に鑑み、急拠これが処分を確定して秩序を回復すべき緊急の必要性があると痛感して懲戒解雇に付することを決定し、この旨原告に辞令書を交付すべく発送し、右は同月二十五日同人に到達したことが認められ、右認定に反する前掲証人木村哲蔵の証言部分は俄かに措信し難く、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

果して前認定のとおりだとすれば、会社が原告に対する懲戒処分について従来の慣例による方式にしたがつて事前にその理由と根拠を内示したものと解するに十分であるというべきである。しかして内示した事項につき組合に協議を求めたのに対し、組合において右理由が全く虚偽誤解であると断じたとしても、なんらこれに触れず、またこれについての反対事実を挙げることなく、単に今後再度協議する考えがない(会社に対し協約第二十九条の処置をとられたい旨付記して、かかる処置を促したとしても)旨回答したことは、いかに争議中という異常緊迫した際のことであり、仮りに右協議の応諾開始が組合側に対し不測の影響を及ぼす虞があつたかもしれない点を考慮しても、自己の重大な権利を行使する態度としては、争議に関連しての会社側の責任を問うに急で、懸案の課題の解決に対する熱意を明らかに欠いた誠実さに乏しいものといわざるをえない。右経緯に徴すれば会社は内示手続は固より協議の手続を適法に履践したものというべきであり、したがつて会社が既に協議をおえたものとし、少なくともこれ以上組合に対し協議を強いたところで、組合が信義則に基く協約上の権利をみずから抛棄したものであるから、到底協議することを期待しえないとしてやむをえずこれを打ち切り、一方的に解雇するほかはないと考えて原告に対する解雇を断行したとしても、労働協約所定の手続違反の廉をもつて会社がその責任を問われるべき筋合はない。

(懲戒理由の有無)

(1)  会社の信用体面を失墜毀損する行為か否かについて

先ず原告の所為が会社の信用体面を毀損するものであるか、どうかについて判断する。

成立に争いのない甲第二号証(就業規則)のうち第二章基本義務中第十二条第五号は「従業員は会社の信用を傷つけ、又は名誉を損うような行為を行つてはならない」と定め、同第十章賞罰第四節懲戒事由及び懲戒の区分のうちの第二百八条本文は「従業員が第十二条に定める基本義務の完全な履行を怠り、左の各号の一に該当する行為を行つたときは懲戒に処する」として、信用体面保持に違反する事項という見出しを付した同条第四十七号は「刑罰事件等により従業員としての品位を傷つけ、信用を失うべき行為のあつたとき及びその他会社の信用体面を著しく失うような行為を行つたとき」と規定していることが認められる。

しかしてここに信用体面を著しく失うような行為を行つたときとは、それが従業員に対する懲戒の事由を定めたものであることが明らかな点を考慮すれば、その趣旨は広く信用等を失つたと評価される一切の場合を含むものでもなければまた懲戒権者の単なる主観的な認識判断に委ねられたものでなく、企業秩序の維持と業務の円滑な運営を期して制定された就業規則の目的に沿いつつ、より厳格に、継続的信頼関係に立つ従業員の行為によつて企業の公益性が否定阻害され、あるいは企業の経営秩序を混乱に導いたとか、ないしはこれらに準ずるごとき程度態様の信用等の毀損的侵害行為とみられる事項が発生したと客観的にも首肯されるような場合に限られるものと解するのを正当とする。

そこで原告主張の請求原因(二)の二(1)について考えるに、この点は労働時間の短縮を要求する根拠を示しつつ、その現状を述べて労働時間についての組合の主張を端的に表明したにとどまり、投書文全体に照して考えてみてもそれ自体が、会社の信用体面を失墜毀損し、またはさせる虞があるとは認め難い。

次に同(2)についてみるに、これが氏名を表示するなどの方法でした特定人に対する中傷誹謗でなく、組合側からの会社経営内部に対する一方的攻撃としての文言であることは明らかである。この点は仮りに原告において特定人を意識して記載したとしても、客観的表現としては同一の意義に帰すると考えられる。しかしてかかる文書は、これに記載された事実関係が、仮令抽象的な表現を用い、また組合員の周知ないし公知の事実に属すると否とにかかわらず、とくに事業の性質上一般社会に密接な関係と甚大な影響力を有し、かつ経営内部の強固な結束協力のもとに、円滑健全な運営が強く期待されている会社の社会的経済的信用体面を著しく毀損するに足るというべきもので、到底許容されるべきところではない。固より右投書が争議中にされたという具体的事情を顧慮しても、それは争議目的を達成するために必要とされる範囲と限度を越えたものであつて、敢えて咎むべき程度に至らぬものとは解し難いといわざるをえない。

続いて同(3)について検討するに、この点は記事全体を通読すれば組合に対する理解と支持を求めるため、派生的に強調記述したに過ぎないものと解せられ、中には一銭もあがらない者も生じますとの部分は、独断もしくは多少誇張に失した嫌があり措辞妥当を欠き為に会社の信用を損することあるも他に別段の認むべき事情のない本件においては、これをもつて直ちに会社の信用体面を著しく損うものとは考えられない。

(2)  続いて原告の投書内容が虚偽であるか否かについて判断する。

(イ)  請求原因(一)の(2)について

成立に争いのない甲第六号証、同第七号証(甲第七号証は原告が本件投書をしたのちの、昭和三十五年四月十一日付発行にかかる新聞記事で、記者の座談会の模様を収載したもの)証人木村哲蔵の証言並びに原告本人尋問の結果を綜合すれば、今次争議の原因およびいわゆる会社内部の派閥争い、ポスト争いが存在することを認めうるには遠いが、会社内部にはここ数年来組合に対する強硬派と妥協派が併存して意見の調整が少からず困難な状態を呈していると見られること、今次争議の当初労働争議の矢面に立つていた妥協派と目される会社業務部次長兼勤労課長が間もなく事実上退職することを余儀なくされて今日特別休暇を与えられていること、右争議に絡んでその対立が一段と明瞭になるとともに、これが対組合関係にも響いて団体交渉が再三延期を要請され、争議妥結が遅延する一因ともなつていること、会社内部における意見の対立については、右投書当時既に一片の風評の程度をこえて会社従業員間は固より巷間の話題にも供されるようになつていたことが推認せられ、証人佐藤春雄、同菊地武正の各証言(証人佐藤の証言については第一回)は前掲証拠に照らして、瞹昧で多分に信用し難いものがあり、他に右認定を妨げるに足りる証拠はない。

しかしながら、多数人間で意見がわかれた場合、これについて研究討論しあうことは寧ろ好ましいというべきであつて、殊に過去十年来組合対会社間の相次ぐ労働争議によつて漸く窮地に立たされた会社の今次争議における多大な要求に対し、これが会社企業の運命を左右するような結果をもたらす状態のもとにあつた点に思いを致すときは、重役等会社内部でその組合対策につき意見が益々激しく対立し往々一時的にその調整が難渋する傾向をみせるのは、蓋し当然であるといえよう。然し同会社の従業員たる原告が偶々組合役員たる地位にあつたことを奇貨として争議を組合の有利に導こうとして濫用するような態度に出たことは是認し難いことというべく、しかも会社内部の派閥争い、ポスト争いが今次争議の主たる発生原因であるかの如く主張しているのは、徒らに組合および自己等の正当性を説くに急のあまりの独断であつてその根拠に乏しく、またその措辞用法について殆んど顧慮を払うことなく、無責任な表現を用いてその信用性を裏付けるような感を一般に与えたことは、会社の信用体面を毀損失墜させ、もしくはさせる虞ある行為であるというべきである。したがつて原告の所為は、会社従業員として、その服務規律に違反してなした会社の信用体面を毀損するものと認めるべきである。

(ロ)  同(一)の(3)について

成立に争いのない乙第三十七号証の一、二証人佐藤春雄、同菊地武正の各証言(証人佐藤の証言については第一回)によれば今次争議について昭和三十五年六月二十日組合側が中央労働委員会に対し調停の申請をし、その結果同年七月九日仲裁裁定が示されて組合と会社の双方がいずれもこれを受諾したこと、右裁定書の賃金等の欄第一項には、会社は昭和三十五年四月分賃金より一人平均基準賃金を金一、四三〇円増額支給すること。但し、年令給、勤続給、定期昇給分及び健康保険料(半額個人負担分)を含む、と記載され、右認定に反する証人木村哲蔵の証言並びに原告本人尋問の結果は信用できないし、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

前認定の事実によれば組合も受諾した右裁定において付加された右但書の条件を検討しあるいは実施した結果実質的意義における賃金について裁定前に比し増額といえない結果を生じたとしても、同年四月分以降一人当りの平均基準賃金が少なくとも名目的に金一、四三〇円値上げされたことは明らかというべく、したがつてこの点については原告の投書は誤解ないしは独善的な見解に出たものというほかはない。

(3)  以上認定したうち、(1)を除くその余の事実は、仮令巷間既に相当程度知れわたつていたことに属し、労使間に争議が存続中で、このため一般的な通常の信頼関係が、一時的に破壊消滅していたとの点を考慮しても、当時会社従業員たる身分を保有していた原告が、これを新聞に起稿発表したことは、雇傭契約上の義務に背き、信義則に違反して、会社の信用体面を著しく毀損したものというべきである。右が成立に争いのない甲第二号証(就業規則)の第十二条第五号、第二百八条第四十七号に該当することは明らかであつて、原告がその責任を問われて同第二百九条第二号に則り、懲戒解雇処分に付されても一応やむをえない次第といわざるをえない。

しかしながら、原告の投書内容並びに投書するに至つた動機と事情を勘案するに、以下説示するとおり、原告の所為はまだ必ずしも悪質重大とは認め難い。しかして就業規則所定の懲戒理由に該当する違反行為があつた場合、これが懲戒に値するとしても、その軽重を判定しいかなる段階態様の懲戒処分に付するか、あるいは更に情状汲んで責任の軽減をすべきかは、固より客観的妥当性のある範囲内で会社が自主的に決定しうるところである。けれども同規則第百九十九条が懲戒処分の種類として譴責、減給、出勤停止、降格降位および懲戒解雇の五段階を定めるとともに、その内容について若干自由裁量の余地を留保し、第二百八条第四十七号は「会社の体面を著しく失うような行為を行つたとき」と規定し、第二百九条第二号には「但し情状により軽減することがある」との但書が付記された趣旨を綜合考察するときは、いかに会社が情状酌量の余地なしと判定したとしても軽微な事犯を捉えて一挙に重い懲戒処分に付する等、その判定が著しく客観的妥当性を欠いた苛酷不当な処分と認められる場合は、就業規則の解釈適用を誤つたものとして、その効力を生じないものというべきである。

そこで原告の所為について考えてみるに、成立に争いのない甲第二十六号証、同第二十七号証、並びに原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、原告は昭和三十年四月会社に雇傭されて以来車掌として同会社弘前営業所に勤務し、翌三十一年六月二日には、会社のため不正乗車を発見してその熱意と努力を表彰され、続いて同三十三年四月二十一日には早くも正班長を命せられており、今日までその素行と勤務状態については別段批判されるべき点もなかつたこと、その後同三十四年六月組合執行委員となり、次いで同年七月一日組合教宣部長となつたが、本件投書当時は会社と争議中で、その内容は殆ど争議に関する事項に属するものであり、たまたま組合の教宣部長として強力に教宣活動を遂行すべき地位にあつて活発に組合活動を展開していた際、組合に対する無理解不利益ともいうべき一公務員名義の投書が新聞に掲載発表されたので、原告はその職責上からも速やかに反対意見を表明してその責務を果すべき必要に迫まられた。そこで原告は対会社関係その他について広く顧慮することのないまま、今次争議並びに組合に対する一般の誤解を解き、かつ右公務員に対して回答し、あわせて組合の主張と立場を明確にする趣旨で筆をとり、勢の赴くまま、組合教宣部長の肩書を付した一方的主張ともみられる「組合から答える弘南バスのスト」と題した投書文を起稿し、組合書記長の査閲をえて東奥日報に投稿して発表し、これについて会社から顛末書の提出を命ぜられながらこれに応ぜず自己の行為に一点の非をも認めようとしない態度に出たことが認められ本件の全証拠に徴するも、また右各認定を左右するに足りない。そうすると前顕諸事情に照らしても、必らずしも悪質重大とはいい難い原告の本件投書行為を捉えて全く情状酌量の余地もないとして、殆ど即時に、労働者たる原告にとつて極刑ともいうべき解雇処分に付したことは、就業規則の正当な適用を欠くものとして無効といわざるをえない。

第五結論

会社が原告との雇傭契約の存在を否定していることは、弁論の全趣旨に照らして明らかであるところ、以上説示したとおり、原告の所為は就業規則第二百八条第四十七号に該当するも、この程度をもつてしては、まだ懲戒解雇に相当するとはいえない。したがつて、前記懲戒解雇の意思表示はその前提たる懲戒理由を欠いた無効のものというほかはないので、その余について判断するまでもなく、原告の請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 飯島直一 柴田久雄 中橋正夫)

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